Photo by Kumaya Sato

ドゥーワップに悲しみをみる

paintings, 2018

 出演:奥 誠之/企画:野本直輝
展示協力:佐賀 建-コーヒーの出店、佐藤 熊弥-展示構成. 撮影、宮川 慶子-朗読、宮澤 響-映像撮影

日程:2018年10月27日(土)・28日(日)
展示:12:00-18:00
イベント:18:00-20:00(28日のみ)
入場料:展示 500円/イベント 1.600円(ワンドリンク付)
会場:blanClass(横浜市南区南太田4-12-16)

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「ドゥーワップに悲しみをみる」

子どものころは、公園に同年代の子がいると、知らないうちに友達になって遊んでいたんだーーー。


ごめん、それはうそ。そんなことはなかった。
ぼくはできなかった。
いつも兄の後ろをついてまわり、兄が開拓した道のおこぼれをもらってそれを愛でることしかできなかった。いつもビクビクしていた。それは今も変わらないけど、あの頃の方が、怯えの中にも、ささやかだけど好奇心があった。

それは半円形のシーソー。広島で見た野うさぎ。スキー場で膠着したカエル。

外から観察して、ふいに手を突っ込んでみたくなる。でもそれは一人でいるときじゃないとできない。自分の発見することはどれもくだらないもののような気がして恥ずかしいから、一人でじっくりと愛でたいから、見つめていたいし、見つめられたいから。手を突っ込んでみたら、たちまちつぶれて内出血。( 実際に幼稚園の頃、友達が半円形のシーソーに乗っているそのシーソーと地面のあいだにどうしても指を入れたくなったことがあった。入れたらまぁ、ご覧の通り。)
また世界の恐ろしさを知る。怖い怖い怖い。でも少しだけ学ぶ。

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家の近くの団地を散歩していると、野良の子猫を見つけた。ふとその子猫がたまらなくかわいそうになった。なにができるだろうと自問した。近くのスーパーにたまごボーロを買いに行った。買ってるあいだに猫はどこかへ行ってしまった。なにがやりきれないのかわからないけど、やりきれなくて、団地のいたるところにたまごボーロを置いていった。団地に置いてきたたまごボーロは数年後に団地を照らす満月となり、それを見ながらぼくは親友からの打ち明け話をきいた。その時までの人生で一番泣いた夜があった。

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2017年。8年ぶりの沖縄、初日に宿に向かう前に子猫に会う。こちらに向かって鳴いている。泣かないでおくれ。ぼくと君の世界は違う。鳴き声が交わされる夜は寂しい。もしかしたら、まだ言葉を持たなかったヒトの世界はこんなだったのかもしれない。ずっと寂しい。簡単には伝わらないことの連続でヒトビトの夜は寂しかったんじゃないか。

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公園で父と妹とかくれんぼをした。何回かして、ぼくは奇襲作戦に出た。公園には二段ベッドのようなつくりの木製のデッキがあり、ぼくはただそこに寝そべった。隠れてるところを探すだろうから、逆にこれは見つからないんじゃないかって。そしたら本当に父はなかなか見つけてくれなくて、最初は作戦成功にニヤニヤしていたけど、だんだんかなしくなって、見つけてほしくなった。

この文章の最後に、少しほっこりとした気分になりたくて、「最後は父が見つけてくれた」という展開が頭に浮かぶのだけど、本当は、そのままずっと、見つからなかったと思う。

2017年9月29日

 

(展示会場に記したテキストより)

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