遊びの記録① 選んだものを見てもらう

December 11, 2017

この展示では、出展者3人の日頃の制作の糧となっているモノ(本や音楽)を紹介し、それらをぼくらの作品理解の手助けにしようと考えた。あるいはもっと単純に、これらの本や音楽を、カフェでのひと時を過ごす際の暇つぶし(こう言っては作者たちに失礼だが)にしてもらえたら、ぼくらの作品なんて素通りしたってよかったのだ。

そういうわけで、カフェの本棚には僕らのオススメの本を置かせてもらい、店内BGMには僕らが作ったプレイリストを流してもらった(いくつかの本には、読書感想文を挟んでおいた)。

 

これから何回かに分けて、それらのモノを紹介していこうと思う。まずは僕が本棚に置いたオススメ本を一冊。

 

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『断片的なものの社会学』

著:岸政彦  朝日出版社 2015年

【感想文】

僕が絵を好きになった最初の動機は、その絵に描かれている人も、その絵を描いた人も、すでにこの世から存在していないのにもかかわらず、その絵に描かれた人はわたしを見て微笑みかけていて、さらにそれはその絵を描いた人の痕跡によるものだ、と気付いたことだった。

私たちがゴッホの自画像を観るとき、紛れもなく私たちと同じ位置でゴッホはその自画像を描いていた(!)というこの共時性は、ゴッホがこの世を去ってからの年月が経てば経つだけロマンチックなものになるだろう。

すでに亡くなった人たちの痕跡が、今この瞬間目の前にあること。それはゴッホの自画像に限らず、この街のいたるところに存在しているはずだ。

本書の24ページから始まる「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」はまさしくそのようなロマンチックな物語を一つの定型(パターン)として捉え、より深く物語の構造を解体していく。
そして行き当たるのが、「断片的な人生の断片的な語り」である。それは、ロマンもドラマも意味も無い無数の語りのことだ。
この本を読んで、ただそれがあることだけを知らされた私たちは、不思議とこの本について語りたくなっている。

 

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〜追記〜

そうそう、僕らのオススメの本や音楽を紹介しようというアイデアは、展示が始まる前からあったものだけど、バタバタしていて、実際に行動に移せたのは展示が始まってからになってしまった。

 

まだ本も音楽も揃っていない展示初日。

来てくれたI君が、「今日古本屋に行ってきたんだ〜」と言っておもむろに自分のカバンの中身を床に広げて、その日買った本を紹介してくれた。

「あ、先を越された(笑)」と思って嬉しくなった。

それで僕は、同じタイミングで会場に居合わせたUさんにも「カバンの中身を見せてもらえないか」と頼んで、なんとなく「抜きうちカバンの中身チェック」がはじまった。

 

ぼくらは、自分の着る服も、食べる物も、休日に行く場所も、日々選んで自分のなかに取り込んでいる。

そうして選ばれたものに囲まれたぼくらは、そのモノを通じて他人と話たり、他人の気持ちを理解したりすることができる。最近みた映画の半券も古本屋で買った本も、選んだ人の気持ちが乗っかっていて、それを見ることは、その人を知ることでもある。

2人が見せてくれたカバンの中身もまさに2人を知るためのヒントに満ちていて、それらが話の種になって、「抜きうちカバンの中身チェック」会場に居合わせたみんながみんなをちょっとだけ知ることができた。

ぼくの今回の展示の裏(?)テーマは自己紹介だったから、こうした光景に初日に立ち会えたことは幸先の良いスタートだった。

 

ちなみに、I君は最終日にも来てくれて、そこで居合わせたOさんに再びカバンの中身を見せていた。

 

 

 

 

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